取り消せること、が信頼をつくる

この記事の要点
- 取り消し(アンドゥ)は単なる便利機能ではなく、利用者が安心して操作を試せる土台になっている。
- 戻せると知っている利用者は、迷う回数が減り、かえって素早く動けるようになる。
- ニールセンの古典的な指針も「利用者の自由」を重んじ、非常口としての取り消しを挙げている。
- 取り消しの設計は、機械が利用者をどれだけ信頼しているか、という態度の表明でもある。
あるプロダクトの設計をめぐって、二人の作り手が話していた。ひとりは確認重視派、もうひとりは取り消し重視派。やり取りを再構成すると、設計の根っこにある考え方の違いが見えてくる。
A(確認派):削除のボタンを押したら、やっぱり確認は出すべきだと思うんだ。間違って消したら取り返しがつかない。
B(取り消し派):その「取り返しがつかない」を、設計でなくせないかな。消してもしばらくは戻せるようにしておけば、確認はいらない。
A:でも戻せるって油断させない? どうせ戻せるからと、雑に消すようになるかもしれない。
B:逆だと思う。戻せないと知っている人ほど、消すのが怖くて手が止まる。本当は不要なファイルなのに、念のため残しておく。判断を先送りにするんだ。戻せるとわかっていれば、思い切って消せる。間違えても、すぐ拾える。
安心は、速さに変わる
この会話には、観察される事実の裏づけがある。利用者は、操作の結果が怖いとき、迷う。迷いは時間を食い、判断を鈍らせる。取り消しがあると、その怖さが小さくなり、迷いの回数が減る。結果として、慎重さを保ったまま動きが速くなる。安全網があるからこそ、人は思い切って跳べる、というあの感覚だ。
A:つまり、取り消しは利用者を急かす機能じゃなくて、落ち着かせる機能だと。
B:そう。ヤコブ・ニールセンが昔まとめたユーザビリティの指針にも、「利用者の制御と自由」という項目があって、操作の取り消しを、間違いからの非常口にたとえている。出口があるとわかっている部屋では、人は奥まで入っていける。
取り消しが言葉にしているもの
A:ただ、なんでも取り消せるわけじゃないだろう。送信したメッセージとか、確定した決済とか。
B:その通り。だから全部を取り消しで賄うんじゃなくて、戻せる操作と戻せない操作を分けるんだ。戻せるものからは確認ダイアログを外して、戻せないものにだけ強い摩擦を残す。確認を減らした分、残った確認が効くようになる。
A:聞いていると、取り消しって機能の話というより、態度の話に近いね。
B:そこなんだ。確認を山ほど出す設計は、心のどこかで利用者を信用していない。「あなたは間違える、だから止める」という前提だ。取り消しを用意する設計は、「あなたは試していい、戻せるから」と言っている。同じ誤操作を防ぐのでも、相手への見方が正反対なんだよ。
信頼は、片方向ではない
二人の会話は、結局どちらが正しいという結論には至らなかった。それでいい。確認にも取り消しにも役割があり、問題はその配分だからだ。ただ、取り消しを軸に据える設計には、見落とされがちな効能がある。それは、機械の側が利用者を信頼している、という姿勢が利用者に伝わることだ。
人は、信頼されていると感じる相手には、自分も応えようとする。雑に扱われていると感じれば、雑に扱い返す。取り消しという小さな安全網は、「あなたの判断を尊重します、もし間違えても支えます」という無言のメッセージを運ぶ。初期設定が選択を方向づけるのと同じく、取り消しの有無もまた、利用者の振る舞いを静かに形づくっている。便利機能の顔をして、それは信頼関係の設計をしているのだ。
参照・出典
- Jakob Nielsen「10 Usability Heuristics for User Interface Design」Nielsen Norman Group, 1994/更新版。「User control and freedom」の項。
- ジェフ・ラスキン『ヒューメイン・インタフェース』ピアソン・エデュケーション、2001年。取り消しと利用者保護をめぐる議論。